各階止まり

私の勤め先は 44階建てのオフィスビルにある。階数が多いのでエレベーターは低階層・中階層・高階層・さらに高階層行きに分かれており、それぞれ該当する階と1階2階を結んでいる。8基ずつ運行しているのに、朝は信じられない混みようだ。エレベーター前には十数メートルの行列。その中に同じ会社の人を見つけるのも、それだけでなんとなく気まずい。
しかも運の悪いことに、会社のあるフロアはn階〜(n+11)階に止まるエレベーターの中の(n+10)階にあたる。これが一番損なパターンであることはお分かりだろうか。(n+11)階には次の階層のエレベーターも止まり、そちらを使えば2階から直通で行けるため、そもそもこの階層のエレベーターを利用する必要がない。だから階層内で実質最も遠い(高い)位置にある我らがオフィスにたどり着くまでに、n階以降の全フロアに止まる可能性がある(下りも同様)。特にラッシュ時はほぼ各駅停車、いや各階止まりを余儀なくされる。ただ混むだけが朝の憂鬱ではないのだ。

ところでインターン生を経て新入社員になった私は、エレベーターに乗ると即座に階数表示ボタンの前に陣取る習慣がついた。相手が自社員であろうとそうでなかろうと、「開」「閉」の操作はつとめて自分で行うようになった。それだけではない。右手が塞がっているときに左手の中指と薬指で「開」ボタンを押しながら親指で「n+10」ボタンを押す技、エレベーターの扉が開いたときにその扉の厚みの部分を鏡として利用し中にまだ人がいるかどうかを判断する能力を身につけた。さらには、反対に2階に降りてエレベーターの扉が開いた瞬間、見える限りの空間の左右の明るさと音の広がり方を比較して、どちらがロビーに近いかを判断できるようにすらなった。

こうして各階止まりのエレベーターで行ったり来たりを繰り返すこと2年、開閉係に徹するのが必ずしも美徳ではないと感じる瞬間が増えた。同じ階層の中にはお堅い会社もままある。その会社の明らかに偉そうな人と、明らかに下っ端らしい人と乗り合わせたときは、エレベーター係を譲るのが得策だということに気づいたのだ。これは下っ端が偉い人に対して気配りするチャンスなのである。それをむざむざ他の会社の(上りなら、階数表示を見ればどこの会社かはバレる)一介の気の至らぬ新卒に潰されるなんてもったいない。私はそういう雰囲気を感じとったときは、黙ってその役割を譲ることにしている。

もちろん、何もこんな憶測に満ちた人間観察ができることだけがエレベーターで過ごす時間の面白さだというわけではない。うまくいけば、突然、一定時間独りになれる。まれに誰とも乗り合わせず、途中で誰も乗ってこないストレスフリーな独りだけの時間を楽しむことができる。
独りきりの密室であなたは何をするだろうか?私はもちろん大声で歌いまくっている。ドアが開いた瞬間はっとした表情の私がいたらその証拠なので、どうか見逃してやってください。